広く浅くで大惨事

ジャニーズとお笑いと特撮とプロレスの4ジャンルを兼任していたらこんなことになりました

10年追いかけた推しの解散を見届けた話

平成が終わった日、私は映画館に来ていた。

見ようとしていたのは「シャザム」。アメコミ好き芸人としてDC映画のイベントによく出ている私の推しコンビ、御茶ノ水男子の片割れであるおもしろ佐藤さんがオススメしていたからだ。

シアターが空くのをロビーで待っていると、携帯が震える。通知設定をしている推しのTwitterが更新されたことを意味していた。

どうせまたいつもの感じでイベントの告知か趣味の話だろうなと思って開いてみると、そこにはこんなツイートがあった。

佐藤ピリオド. (元御茶ノ水男子) on Twitter: "【皆様へご報告】

我々、御茶ノ水男子は6月末に予定している神保町花月でのライブを最後に解散することになりました。

ジャスタウェイが今の活動の他に新たにやりたいことが出来た為今回解散という形になりました。

二人とも芸人は続けます!

また改めて応援してくれてる皆さんへの気持ちを 👇次へ… https://t.co/5YWvAfqrQi"

 

しいはしジャスタウェイ on Twitter: "【御報告】 ー アメブロを更新しました
#御茶ノ水男子
https://t.co/N9a45lBVSP"

 

 

混乱した。確かに定期的に行われていた御茶ノ水男子のライブは昨年を最後に全く行われていなかった。でもアメトーーク仮面ライダー大好き芸人をはじめとする2人の個人での仕事はかなり順調で、最近は少しずつではあるが新規ファンが増えつつあったのだ。おまけにこの発表が出る前にはルミネの新ネタライブに出ていた。

からしばらくすれば、どこかでまた2人のライブは復活すると思っていたし、万が一、一緒に仕事をしないと決めたとしても、アンタッチャブルのように解散はせず活動するスタイルになるのだと思っていた。

しかし、ツイートを読み進めるうち、解散の理由が「しいはしさんに他にやりたいことが出来たから」だとわかって私ははっとさせられた。

御茶ノ水男子といえば性格と肌の色が正反対な、しいはしジャスタウェイおもしろ佐藤の2人が「元スーツアクターで特撮ヲタ」と「元アニメーターでジブリ&アメコミヲタ」という経歴を活かしたネタをするお笑いコンビである。

いまとなっては何も珍しくないし、それを題材としたアイドルマスター SideMのようなアニメもあるが、少なくとも東京吉本において、転職して吉本芸人になるという事例の先駆けとなったのがこの御茶ノ水男子だった。

この「転職先として吉本を選ぶ」という発想のクレイジーさと、一度社会人を経験しているからこそ良識的にファンを大切にする姿勢が両立している点が大好きで私は10年も御茶ノ水男子のオタクをやっている。少なくとも私は、御茶ノ水男子のオタクをしていて嫌な思いをしたことが一度もない。

だが、転職して吉本に入ったということは芸人一筋の人よりも、他にやりたい事ができたきにコンビを解散するという選択肢を選び易いのかもしれないと、そのとき初めて気づいた。むしろしいはしさんについては、表舞台から退くにも関らずと吉本には残るということの方が驚きかもしれない。吉本に居続けてもそのやりたいことが出来ると周囲にアドバイスされたからとブログには書かれていた。

 

思えば、私は全くもって御茶ノ水男子の良いファンではなかった。

10年前、ドイツに住んでいた15歳の私は当時インターネットで配信されていたAGEAGEライブを見て御茶ノ水男子に堕ちたはずなのだが、正直随分前のことなので記憶があいまいだ。

色白と色黒のコンビは華があったし、超若手ながらランキングバトルで上位にのしあがるきっかけとなった「BLコント」という超異色のネタは中二病まっさかりの私にはどんぴしゃだった。それでいてBLを全く馬鹿にはしておらず、「自分がオタクであるからこそ他ジャンルもリスペクトする」という姿勢は信頼できた。

だが、16歳で帰国していざ生の御茶ノ水男子を見に行こうと思っても、不思議なくらいにタイミングが合わないことが多かった。

大阪でお芝居(黄金の郷)をすることが決まったときは嬉しくて仕方なかったが、テストと重なってしまい行けなかった。

その後、京都の三条にあるシダックスで、エグスプロージョンと爆男というユニットを組んで定期的にライブをするようになってくれた。

生の2人は最高に面白かったし、手を伸ばせば届くような超至近距離2人を見れたことが嬉しくて嬉しくて、ライブがある時は必ず行ったしクリスマスも彼らのライブに行った。

しかし、AKBの握手会で傷害事件が発生すると、しばらくしてこの劇場は閉鎖されてしまう。シダックスの劇場をメインで使用していたのはNMBの研究生で、事件があってからは超至近距離で彼女たちに触れ合えるこの劇場を使う訳にはいかなくなったからである。

その後、ユニットライブなどでたまにどちらかが大阪に来ることがあっても、コンビが揃うことはなかったし、高校3年の春休みにようやく初めて東京でネタライブを見ても、コーナーの芸人投票企画で「面白くない芸人」として表彰されてしまう場面に遭遇するなど散々なことが多かった。私のようにようやく地方から推しの仕事を見にきたファンの心を折るようなあんな企画はもうしないでほしい。

大学2回生の夏、御茶ノ水男子の久しぶりの単独ライブが決まった。だがそれも断念した。1年間のアメリカ留学に行く前日でとても東京に行ける状態ではなかったからだ。当日は本当に苦しくて苦しくて、己を恨んだ。

留学から帰ってきたあと、私は大阪で内定を貰った。御茶ノ水男子を頻繁に見れる環境も欲しかったが、関西企業のほうが性格的に合っていたからだ。幸いにも給料が良かったので、これからは有給を取って頻繁に遠征しようと決めた。

大学3回生から大学卒業までは、本当に夢のような時間だった。それまでを取り返すようにライブに沢山行った。

劇場では2人のトークライブである御茶ノ水男子乃話のために唯一大阪から遠征してくる不思議な客として前説のベン山形さんに取り上げられたし、しいはしさんが属する特撮芸人のユニットライブではゲストの西銘駿くんのサイン色紙が当たるという珍事も起きた。生で2人のやりとりを見れるのが嬉しくてしかたなくて、大半はしいはしさんのする佐藤さんの天然話だけで終わってしまう神保町花月の90分間のために学生としては気合のいる額を使っていた。だがそれが幸せだった。

 

以前よりライブに通っていたとはいえ東京在住の方よりはどうしても参加率は低かったので、埋め合わせとしてはてなブログに布教記事を書いた。それがバズったときは嬉しかったし、何より佐藤さんに「俺、頑張るから」とツイートして頂いたときは本当にドキドキした。応援していてよかったと思った。

 

就職してから、御茶ノ水男子の3年ぶりの単独ライブが発表された。だがそれにも行けなかった。チケットは取っていたがやはり新入社員研修を休む訳にはいかず、譲りに出した。

ケツイを出したときに佐藤さんに補足された。芸人さんは本当によくエゴサをするのだ。申し訳なかったが、譲り先が見つかったのが幸いだった。

まさかそれが最後の単独ライブになるとは思っていなかった。

無遅刻無欠席で仕事に打ち込んだおかげか、業務にも慣れてきて、時期さえ上手く読めば休みを取りやすい職場だとわかって、これからたくさん御茶ノ水男子のライブに行ける!解散が決まったのはそう喜んでいた矢先だった。

 

これからだった。これからたくさんライブに行けると思っていたのに。1500円のライブのために3万かけて行って、それが楽しいのだと笑うつもりだったのに。

ただ2人の選択をどうすることもできないし、10年間で行けるライブには行っていた。その数が少なかっただけだ。

単純に私と推しのタイミングが合わなかった。現実はそれにつきる。

 

せめて解散ライブだけは最後に行かなければ。私はなんとかスケジュールを調整し、ホテルを予約した。

だが肝心のチケット発売日に仕事でトラブルが発生し、なんと取れたのは最後の1枚だった。そう、私で完売したのである。

どこまでタイミングが悪いんだと冷や汗をかいたが、最悪の事態は免れた。

 

最後のトークライブが始まる前、私はフォロワーの朝賀さんとお茶をした。オタク生活10年でようやく出来た同担だった。いつか一緒にライブに行きましょう!と約束していたが、まさか解散ライブになるとは。

ロビーには沢山のお花が飾られていたが、中でもかつて2人がレギュラーで出演していたMXの「ニコリッチ」からお花が来ていたことには驚いた。

 

御茶ノ水男子を観れるのは嬉しいが、始まってほしくない。

最初はそんなことを考えていたのに、前説としてベン山形さんが出てきたらその相変わらずのパンチの強さのせいでそんなことなんて吹っ飛んでしまって、そこからはあっという間だった。

久しぶりのトークライブでは、予想した通りしいはしさんが、佐藤さんがいかに天然かという話ばかりしていた。

佐藤さんはファンに対しては優しいが、それ以外はむちゃくちゃな人なので1年もトークライブが空いていたら何かしらをやらかしているとは思ったが、さすがにフィリピンで死にかけていたとは思っていなかった。

最後だからか、しいはしさんは佐藤さんがジャンポリスで銀魂の沖田役をやって死ぬほど叩かれたり、ダイエット企画に失敗して丸坊主にしたりしたときの写真まで持ち込んでいて、オタクですら忘れかけていた過去の出来事を最後にしいはしさんが沢山思い出させてくれてゲラゲラ笑った。今まであえて言わなかったけど、やっぱりしいはしさんって佐藤さんのこと大好きだよね。最後だから言っておこう。

そこで「もう35歳と38歳のおじさんですよー」なんて2人が話していて、自分が御茶ノ水男子にはまった当時の佐藤さんの年齢と同じになっていることに気づいた。

ちなみに佐藤さんは、解散後におもしろ佐藤から「佐藤ピリオド.」という名前になるらしい。そこはおもしろ佐藤ではないのかと思ったが、佐藤さんは当初表舞台から身を引くしいはしさんから「ジャスタウェイ」の芸名を貰いたかったらしい。それはそれで意味がわからなくて笑った。

本当にいつもと変わらないトークライブだったが、時折しいはしさんが佐藤さんのピンネタの案を出したり、自分というフィルターがいなくなった後の佐藤さんの身を案じていたりするのを見て、本当にこの人たちは今から解散するのだと現実を突きつけられた。なんというか、しいはしさんが自分がいなくなった後の息子を心配する母親に見えた。

それでもそんな時間はあっという間にエンディングを迎えて、最後は2人が今までのネタを題材にしたネタをしてくれた。関東三角関係のネタを生で見れて、あのころ地方で配信を見ていた15歳の私が報われたような気がした。

おまけに最後に代表作の「もしもアンパンマンがアメコミヒーローだったら」をやってくれたとき、佐藤さんの思いつきで録画OKにしてくれた。こういうことを咄嗟に思いつくところが天才である。

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そのまま2人のネタが終わって、お辞儀をしたとたんに劇場の幕が閉まった。

御茶ノ水男子は解散した。

 

最初、解散ライブなんて見てしまったら泣いてしまうと思っていたのに、正直ぜんっぜん泣かなかった。

解散の理由はやりたい事が他にできたらからで、去年のうちに解散が決まっていたのにわざわざ解散ライブをやってくれて、最後にこれまでのネタの総集編やってくれて。できれば解散はしてほしくなかったけれど、解散をするならこれが世界一綺麗な解散ではないかと思ったからだ。

御茶ノ水男子は最後の最後までオタクに優しかった。御茶ノ水男子のこういう所が大好きだった。

もう一つ、私が泣かなかったのは2人が解散した後に出るライブを沢山挙げていたからだ。表舞台から身を引くはずのしいはしさんもなんだかんだいって引っ張りだこである。

それを聞いていると、解散した後も推しの人生は続くのだと当たり前のことを実感させられた。ファンも「ボーイレスク行く?」「ヒーロークラブどうする?」なんて口々に相談していた。かく言う私も、解散したら当分遠征はしないと思っていたのに8月の吉本ヒーロークラブのチケットを取ってしまった。ボーイレスクはあいにく都合がつかなかったので、次回に持ち越しだ。解散してもオタクのやることは変わらない。

きっとこれが、三次元の、生身の人間を推すということなんだろう。

ただ、帰り際に佐藤さんのご両親とばったり遭遇してお母さまに泣きながら「本当にありがとうございました」と頭を下げられたことにはうるっと来てしまった。これも三次元を推すということなんだなと思った。

解散しても2人は変わらない。ただコンビ揃う姿を見られないというただ一つの変化が寂しい。

 

長々と書いたが、私はこの10年間御茶ノ水男子のオタクをやれて本当に、本当に楽しかった。第二の人生として芸人を選んだ二人だからこそ今回の選択をしたのかもしれないが、そんな2人でなかったら、こんなにも笑えていない。

本当は終演後にロビーに本人が出てきてくれたときにそう言えればよかったが、焦って陳腐なことしか言えなかったので筆をとったら長文になってしまった。

 

10年後、2人は45歳と48歳、私は35歳。その時はいったいどうなっているのだろう。

もしかして再結成していたりして。そうなったら笑う。

答え合わせができるいつかの明日が来るのが、私は今から楽しみでならない。

 

10年追いかけた推しを追いかけるのは、これからも変わらなさそうだ。

英語がトラウマだった帰国子女が英語を自分の武器にすると決めた日

 烏丸から河原町へ向かう阪急電車。降車後にスムーズに階段を登れるよう、私は一番前から一番後ろへの車両へと移動していた。

夕暮れ時の車内には私と同じような高校生や、帰宅ラッシュに巻き込まれないようさっさと引き上げた会社員が座っている。阪急電車はお上品な電車と言われがちだが、走行中は実は荒々しい。車両を移動しているだけでもかなり目立つのに、遠心力に負けて他のお客さんのところへ倒れこんだら大変だ。

まるでランウェイのモデルかというくらいに大股で進む私に、ふと、ある疑問が浮かんだ。

「私の武器って何だろう」

 

「帰国子女」と言われるのが嫌だった

私は中学校の3年弱を海外で過ごした。

インターナショナルスクールに通ったため、英語を覚えるということは生きることとイコールになった。何一つ聞き取れない状態から毎日家で必死に勉強し、テストでクラストップになったときには本当に嬉しかった。努力が報れるという経験を持てたということは、自分の人生において財産だと今では思える。

しかし、帰国して日本の学校に戻ってからはこの「帰国子女」という肩書に振り回された。

確かに帰国子女の私が日本で英語の授業を受けているときは、まるでマリオがスターをゲットしているような状態だったし、帰国子女と言うとみんなが食いついてくれるため、知らない人と話すときも自分の過去の経験を話すだけで会話が成立した。帰国子女という肩書きで楽をした場面は少なくない。

けれども「帰国子女なんだから絶対わかるやろ」という期待を先生や他のクラスメイトにかけられていると、知らない単語が出てきても知らないとは言えなかった。

何より嫌だったのは、英語に触れるたびに海外での苦い記憶が蘇ることだった。私が通ったインターナショナルスクールにはどの人種の人間も満遍なく在籍していたが故、人種ごとに友達付き合いのグループができてしまっていた。とはいえ海外なので、日本人グループといっても1学年で10人ほどしかいないのだが、この微妙に狭い日本人コミュニティが中学生という多感な時期と相性最悪だったのだ。

最初の頃は柄の悪い関西人が来たということで仲間外れにされたし、それがなくなったあとは女子のしょうもない派閥争いや意中の男子の取り合いに巻き込まれた。また、補習校では日本人学校の生徒とも折り合いが悪く、日本人学校の女子生徒が「次は誰をいじめる?」と相談しているのを見てしまったときにはゾッとしたものだ。

「この子はあの子のこと嫌っているからあの子のことは話題に出してはいけないな」と常に考えなければならない生活が続いた。かといって白人コミュニティに飛び込もうにも私はお呼びではなかった。

今思い返せば私はPTSDのようなダメージを受けていたのかもしれない。帰国してから英語を聞いたり話したりすると、それがトリガーとなってフラッシュバックが起きていた。

そんな状態で、英語の勉強をしようと思える訳がなかった。

 

「帰国子女」から「中途半端な帰国子女」へ

最初はインターナショナルスクールで培った英語力で難なく学校の授業を受けていた私だったが、あっという間にそうもいかなくなった。

インターナショナルスクールで習った英語の文法の範囲を、高校英語での授業が追い越してしまったのだ。

インターナショナルスクールで行われる非ネイティブ学生用の英語の授業というのは、日本での英語教育と同じようなカリキュラムで行われる。中学3年間をそこで過ごしたということは、裏を返せば中学英語までしか学習していないということを意味していた。

皆さまも経験があるだろうが、英語の授業は高校になると難易度がとたんに跳ね上がる。いくら他の生徒よりリスニングで有利とはいえ、自分の知らない文法が授業に登場し、英語力の貯金が尽きたとわかったときは絶望した。「帰国子女」として難なく英語の授業をこなしていた私は、とたんに「中途半端な帰国子女」になった。

これが他の欧米諸国や帰国子女がたくさんいる学校での話であれば、帰国子女あるいはハーフだからといって語学堪能だという訳ではないという認識でいてくれるだろう。だが一般的な日本の学校において、それは許されるものではなかった。

さて、私が日本で通っていた高校では大学へ内部進学ができた。

高校の成績の良い順に好きな学部を選べるというルールだったのだが、負けず嫌いさが全くない上に数学が苦手でテストよりもレポートの方が得意なタイプだったため、私の成績は中の上止まりだった。

そんな状態だったので、希望する学部に行けるかはかなり怪しいところであった。担任には三者面談で「英語がもう少しできれば良いんですけどね……」と言われる始末である。

母親からは「だから帰国してからも英語ちゃんとやっておけばよかったのに!」と言われたが、トラウマを呼び起こす行為を自ら起こそうという気にはなれなかった。

 

「自分の武器」に気づいた日

希望の学部に行くには英語の成績が足りない。そんな現実を突きつけられてから少し経った私は、阪急電車を移動しているときにふと考えた。

「私の武器って何だろう」

英語だ。海外で身に着けた英語力くらいしか、他人と差を付けられるものはない。

だがそれを使う気にはなれない。

その時ふと、新たな疑問が浮かんだ。

「私の武器って英語以外にあるのだろうか」

なかった。たかが普通の高校生の私には、英語以外に秀でているものなどなかった。

他に武器なんてない。そう気づいたとき、自分の心がストンと落ちたのがはっきりとわかった。

そうだ。そうだった。この私に英語以外の武器なんてものがある訳がなかった。

英語を使えばトラウマが蘇る?そんなものはどうでも良い。他に武器がないのであれば、己の心を供物にしてでもこの武器を磨くしか方法がない。

今思えばかなり危険な思想であるが、当時の私にとっては驚くほど納得のいく結論だった。

 

それから私は自分で英語の塾を探して入会した。社会人向けのコースを受講したため週に1度、学校が終わってから塾の隣の吉野家で牛丼を食べ、7時から8時まで授業を受けてから帰る日々を過ごした。

大人向けなので知らない単語ばかり出てくるし、得意だと思っていたリスニングもまるでできなかった。かろうじて残っていた天狗の鼻はあっという間にへし折られた。日々の学校の宿題に加えて膨大で難解な宿題をこなすことは大変で、最初は丸2日かけて解くのが精一杯だった。

とはいえ、インターナショナルスクールで0からクラストップになれた経験があったので、今回も大丈夫だろうと己を信じることができたし、最初はちっともわからなかった英文やリスニングがすこしずつがわかるようになって嬉しかった。がむしゃらに頑張って成果を手にし、すがすがしい気持ちになるという点においては、案外勉強はスポ根に近しいものがある気がする。

想定はしていたが、代償として嫌な思い出が蘇ったこともあった。幸いにも母が冷静な性格だったのでカウンセリングのように何度も話をして、長い時間をかけて解決した。

そうやって塾通いを続けた結果、高校3年のおわりにはTOEICの点数が500点から800点ほどになった。希望の学部にも余裕で入学することができた。

大学からはアメリカの大学に交換留学に行かせてもらえたし、第一志望の会社に私が入れたのは、自分が「国際系枠」の人間だったからだろう。

私の武器は大いに役立ってくれた。

 

あれからもう随分経つが、結局英語そのものを好きになることはなかった。最近は武器として英語を覚えた私では、語学オタクの人には敵わないと痛感させられる。でも英語がわかるとアクセスできる情報量がはるかに跳ね上がるし、ハリウッド映画の英語の台詞で笑えるのは楽しい。「武器としての英語」を好きになることはできた。

あんなにも「帰国子女」であることをフィーチャーされていたにも関わらず、現在私は英語とは全く関係ない、特殊な知識が必要とされる部署で働いている。先輩方からは有難いことに「勿体ない」とのお言葉を頂戴する。

しかし、当の本人である私はそうだと思っていない。むしろ最初から英語ありきで配属されていたら、しょせんその面しか見られていないのかとがっかりするところであった。

なぜなら、英語を武器にできるのは、英語以外にメインとなる武器がある時だけだからだ。それこそ翻訳業など、真に語学を職業にする人以外にとって、語学は1を100にする素晴らしいものではあるものの、0を1にするものではない。0に100を掛けても0にしかならない。

だから他人にとっては遠回りに見えるかもしれないが、今は職場で専門知識を磨くことに専念している。

もしこの専門知識をしっかりと身に着けて武器と呼べるほどになれたら。そして、そこに英語という武器を掛け合わせられることができたら、自分の力はどれほど跳ね上がるのだろうか。

 あの時、あの阪急電車で自分の武器が英語以外にないことに気づいたから、私は英語を磨く覚悟ができた。私の決断は、己への絶望に近いネガティブな感情から下したものだったけれど、今となってはこの英語という武器がどんな未来を見せてくれるのか、楽しみで仕方ない。

 

【ネタバレあり】舞台『仮面ライダー斬月』 -鎧武外伝-を仮面ライダー鎧武のオタクが見て嗚咽が止まらなかった話

胸がいっぱいでご飯いらないと思ったのは初めてです。

もうなにも手につかないのですがとりあえず急いでネタバレ全開の感想書きます。

 

本作、舞台『仮面ライダー斬月』 -鎧武外伝-は2013年に放送された佐野岳主演の「仮面ライダー鎧武」のスピンオフに当たる作品です。ジャニーズに例えるならばSHOCKのライバルや、ドリボのケントを主役にした作品と例えればわかりやすいでしょうか。

舞台『仮面ライダー斬月』 -鎧武外伝- | Nelke Planning / ネルケプランニング

 

京都劇場に入るとグッズだけでなく、本作オリジナルのフィギュアが展示されていました。「本当に斬月が舞台になったんだ」と胸がいっぱいになりました。

仮面ライダー鎧武は私が特撮の劇場に行くようになったきっかけをつくった作品です。それだけに期待と不安で私は押し潰されそうでした。

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いざ公演が始まって呉島貴虎が出てきた瞬間に号泣してしまいました。開始1秒。

テレビで、映画で、DVDで、現場で見た呉島貴虎が、時を経て6年ぶりに再び私の前にいる。それだけでもう駄目でした。

ナレーション、サントラ、そして変身したライダー、全てが私の愛する仮面ライダー鎧武の世界そのままで。この世界に自分が来ることができたんだと感慨深いものがありました。

基本的にネタバレを見ずに観劇する派なので、外伝のDVDのように本編の補完となるサブストーリーをやるのかな程度に思っていたのですが、2時間丸々ファイナルライブツアー(テレビ放送が終わると開催される現場。特撮のキャストが地方を回る)の一幕でやってるスペシャルヒーローショーだと気づいたときには驚きました。まさか動く岩で変身前/後のキャストを入れ換える演出をここで見ることになろうとは!

また、配役発表前はあえて違う役者に本編の役をやらせるのかなと思っていたのですが、本編に出ないオリキャラでありつつもかつての本編キャラを意図的に彷彿とさせるもので脚本家の恐ろしさを思い知りました。なぜならそれは呉島貴虎にまた本編と同じ運命を背負わせようとする行為であったからです。

本編のキャラとは別物だが限りなく近しい者たちがロックシードで戦い、大人たちを憎み、インベスを殺す。

呉島貴虎の消えぬ罪を改めて実感させるストーリーに、これは1年間のテレビシリーズと映画とDVDの外伝と小説のカルマを呉島貴虎が2時間で背負う物語なのだと気付いて胸がいっぱいになりました。

しかもただの仮面ライダーじゃなくてFateまどマギなどを手掛けた虚淵さんが作った仮面ライダー鎧武ですよ!一秒一秒がしんどい!あんまりしんどいという言葉使いたくなかったけどとにかくしんどいんです!

特に初瀬ちゃんとリーダーがビャッコインベスになった話が再現されたときにはここまでやるか……と恐ろしくなりました。テレビ本編でインベスの正体が明かされた時、衝撃にうち震えたのをいまでも覚えています。まさかあのインベスの右腕を生で見るなんて!

今回の呉島貴虎は他の作品で言うところの、ミュージカル刀剣乱舞三日月宗近に似ていました。とにかく業が深い。

繰り返される悲劇を心を入れ換えた呉島貴虎がどう乗り越えていくかということがテーマになっており、その答えを本作品でしっかりと提示したことでこれは単なる「外伝」ではなく呉島貴虎の視点で描かれる「続編」なのだなと感じました。

 

配役についても触れておきましょう。

本作の共演者が発表されたとき、「元ジャニーズとテニミュ出身者と現役刀ミュキャスト!」と突っ込みました。好きな人、気になってた人たちばかりで嬉しかったのですがあまりにもオタクを狙い打ちしているなと。(地味に跡部様役が二人そろってるのすごい)

ですがいざ舞台を見てみると、本編のダンスチームをオマージュしたダンスシーンの時間が結構長く、そりゃあ元ジャニーズとテニミュ出身者じゃないとできないわと納得しました。あと仮面ライダー鎧武って実質少年たちみたいなものだしね!

強いて言うならマイケルジャクソンのトリビュート公演に出ていた丘山晴己さんにも踊って欲しかったです。しかし彼が演じる鎮宮にはレデュエの斧で戦うシーンがあり、これもまたミュージカル刀剣乱舞薙刀の刀剣男子である巴形薙刀を演じた彼でないとできないなと、その配役のうまさに驚かされました。

 

ジャニヲタの皆様にとっては大きなサプライズとなった萩谷くんの起用については、素晴らしい采配だったと思います。

先に述べたように本作ではテレビ本編のキャラと意図的に同じ役割を与えられたオリジナルのキャラが登場しています。

そんな中で萩谷くん演じるアイムは鎧武と名前が一文字違いであることからわかるとおり一番その傾向が強く、一部の鎧武ヲタからジェネリック紘汰さんと呼ばれているほどでした。

実際に見てみると、声が葛葉紘汰そのまんまで、本当に葛葉紘汰を演じた佐野岳が出てるんだっけ?と錯覚したほどです。

そんなアイムに呉島貴虎は葛葉紘汰を重ね、スクリーンにはテレビ本編の葛葉紘汰の姿が映し出される。当然オタクは号泣です。

それではありません。クライマックス直前には葛葉紘汰がアイムの体に憑依し、呉島貴虎に語りかけるというシーンが!まさか佐野岳がナレーションで参加しているとは思わなかったので、この演出にはもう駄目でした

野岳の声に合わせて動く萩谷くんを見ていると、本当に紘汰がアイムの体を通して話しているようにしか見えなくて、嗚咽が止まりませんでした。

まさか忙しい佐野岳を舞台に出せないという事情を逆手に取るなんて。

舞台にいないはずの葛葉紘汰が、たしかにそこにはいたのです。

萩谷くんはきっと本編を熱心に研究してくれたのでしょう。萩谷くんが鎧武に変身して戦う姿を見て、仮面ライダー斬月に出てくれてありがとうと心から思いました。

 

舞台が終わるとロビーにはBlu-rayの予約をする列ができていました。そりゃああんなものを見せられたら鎧武ファンは買わずにはいられません。私ももちろん予約しました!

 

 

休憩なしの2時間の舞台は、私を大好きな仮面ライダー鎧武の世界に連れて行ってくれました。本編放送からもう6年と考えるとぞっとしますが、6年経っても東映や俳優さんがそんな鎧武ファンのことを第一に考えた作品を今回世に送り出してくれたことがこの上なく幸せでした。

仮面ライダー鎧武を、ヒーローを応援していて良かった。そう強く思った春の夜でした。

レンタルルームでSixTONESのコンサート生配信を見てみた

 

ジャニーズ初のコンサート生配信だなんて見ないわけにはいかない!と思い、ジャニヲタの同期を誘ってレンタルルームで配信を見ました。

その時に感じたことをもとに、レンタルルームで配信を見るコツを記載します。

j-island.net

 

どうしてレンタルルームを利用したの?

  • 家族の都合で人を家に呼べる状態ではなかった
  • どうせならプロジェクターでライブを見たかった
  • カラオケのデュアルルームではパソコンを機械につなげるかわからなかった(カラオケで鑑賞会した方、ぜひどうだったか教えてください)

 

レンタルルームの借り方

複数のレンタルルームサイトを検討した結果、インスタベースを利用しました。

www.instabase.jp

理由としては30分刻みでレンタルでき、部屋にある備品で検索できたからでした。

不満はLINEへの共有ボタンがないことかなー。友達に送りづらい。

 

部屋を選ぶ上で気を付けたこと

  • コンビニが近いか(カラオケと違って飲食物は自分で調達する必要があるため)
  • Wi-Fiがあるか
  • プロジェクターとパソコンを繋ぐHDMIケーブルが置いてあるか(これがないとせっかくのプロジェクターが使えない)

この条件を値段と照らし合わせた結果、雑居ビルの会議室を借りました。

値段は3時間で4000円くらい。2人で割ったので2000円。

 

感想

良かった点

  • 地方から配信が見れる。担当Gではないが気にはなっているSixTONESのライブを見れて嬉しかった。
  • 会議室はカラオケとは違って土日が空いている
  • 店員と会わなくて済み、完全に自己ペースで進められるので楽
  • 臭いがきつくなければどんな飲食物でも持ち込める(部屋の規定によるが)ので食物アレルギー持ちにはありがたいし、カラオケよりも飲食代が安く済む
  • 大人数であればあるほど安くなる(部屋によるが)
  • プロジェクターでライブを見れる。映像をホワイトボードに映して観賞したが画質は全く問題なし
  • ライブまでにパソコンで時間を潰せる。Island TVの動画見て待機していた。
  • キャスターつきの椅子はカラオケの椅子よりもさらに姿勢が楽。つねに座りながら最前ドセン。
  • Amazingの胡坐もばっちりみえる!高地くんの自転車に乗りながらのマジカルソングも見切れない!北斗君の飛び降りなんてステージ側からの視点でみれる!

 

懸念点

  • どうしても音質がテレビより劣る(パソコンから音を出すため)
  • 音漏れ。念のために廊下に出て問題ないことを確認した上で視聴したが、カラオケではないので絶対漏れていないと言えない
  • 治安。予約した部屋は綺麗ではあるが普段だと見落とすようなビルの一室。隣は外国企業の事務所だったが、人気がなくスタッフもいない。ここで襲われても誰にも気づかれないだろうなと思った

 

レンタルルームを利用するコツ

  • 入室までに家主から送られてくる案内のメールをしっかり読むこと。私は入室してから部屋のWi-Fiのパスワードが書かれたページのリンクが切れていることに気づき、業者に電話するはめになった
  • 部屋によってはすべて自分でやらないといけないのである程度機械に強くないと無理がある
  • 配信開始30分~1時間前に入室すること。機械・ネットのセッティングが必要なため
  • プロジェクターの設定を確認すること。シアターモードにすると元の画質に近づく
  • パソコンのスリープモードをオフにする(配信終わったら再び設定するのを忘れずに!)
  • 部屋に入ったら鍵をかける

 

結論としては、家でパソコンをテレビに繋げながら見るのが一番楽でお金もかからない!

この方法はやや上級者向けであると思いました。

ですがそうであるからこそ、レンタルルームを使ってみたいけどどうすればわからないというジャニヲタがいるだろうと思ったので書いてみました。

ぜひとも参考にしていただければ嬉しいです。

とりあえずまたジャニーズのライブ配信しておくれー!!!

 

「この高鳴りを僕は青春呼ぶ」 最高に泥臭くて最高に格好良い冒険譚

 

この高鳴りを僕は青春と呼ぶ (ヨシモトブックス)

この高鳴りを僕は青春と呼ぶ (ヨシモトブックス)

 

 

推しである正門くんが出る滝沢歌舞伎がどうしても見たくて這いずり回っていたら、ありがたいことにチケットを譲ってもらえた。

午後休を取ったものの、南座に入場するまでの間あまりにも待ち時間が長かったので、私は一冊の本を読んだ。

「この高鳴りを僕は青春と呼ぶ」だ。

 

NSC16期のお笑いコンビであるサンシャインの坂田さんがエッセイの大会で優勝した作品を大幅にボリュームアップさせたもので、少年時代と芸人になってからの日々を綴ったものだ。

サンシャインはコンビ名でサンシャイン池崎さんとは別物である。

サンシャインといえば泥臭いけど単独ライブのフライヤーがものすごく格好良くて、面白いコントをするという印象を持っていたのだが、本人が綴る文章もほんとうに人柄そのまんまで、まるで少し年上の、格好良い先輩の冒険譚を新宿の飲み屋で聞かせてもらっているようだった。

 

NSC16期は若手芸人の中でも特に好きな期のうちの1つなので、物語を読み進めるうちに知っている芸人さんの名前が次々登場して、私はとても興奮した。

お笑い好きの方にはぜひこの誰が登場するんだろうというワクワク感を味わってほしいので、誰が出てくるかは言わないでおくが、ナルトのファンがBORUTOを読むようなものだった。

登場人物は知っている人ばかりなのに坂田さんから語られる物語は私の知らないものばかりで不思議な感覚に襲われた。それと同時に客と演者の距離が近いお笑いというジャンルでも、客には語られないことは多くあるのだなと実感した。

 

文中には何度も坂田さんが大好きなアーティスト、銀杏BOYZの峯田さんが出てくる。正直私は峯田さんのことを詳しく存じ上げないが、文中の描写に触れる限り坂田さんも峯田さんというロックンローラーのように格好良いぞ伝えたい。

こんなこと言うと気持ち悪がられるかもしれないが、本を読み終わってから無性に坂田さんのことを抱きしめて頭をワシャワシャしたいくらい、いとおしくなったのだ。

 

「関西ジャニーズJr.のお笑いスター誕生!」をお笑いとジャニーズの兼ヲタが見てみた - 広く浅くで大惨事

芸人さんを題材にした作品といえば、私は去年関西ジャニーズJr.が若手芸人を演じた作品の感想文を書いた。

神様が一瞬だけほほえんでくれる瞬間が忘れられなくて泥臭く汗をかいて、それがキラキラしているところはきっと芸人さんもジャニーズも一緒だと思うからだ。

滝沢歌舞伎の開演前というこのタイミングでこの本を読めて本当に良かったと思った。

 

そのキラキラを見に行ってきます。

 

1994年6月21日生まれの向井康二さまへ

お題「わたしのアイドル」

 

大干ばつの年の夏至

ニューヨーク外為市場で、円相場が初めて1ドル=100円を突破。

衆議院予算委員会細川護煕元首相が佐川急便から1億円を借り入れた問題で証人喚問される。

1994年6月21日ってそんな時代らしいですよ。

 

自分のTwitterアカウントに風船が飛んだ日、周りのジャニヲタが向井さんのお誕生日を祝っていてびっくりしたのを今でも覚えています。

まさか自分と全く同じ日に生まれたアイドルがいるなんてと興奮しました。

 

 

それからライブで見れば見るほど、他人とは思えなくなってきました。

とてつもなくうるさいところ(ちなみに1994年ではないですが6月21日生まれの芸能人に岡井千聖ちゃんと松本伊代さんがいるらしいです。全員うるさい。)

それなのにさみしがりやなところ。

海外に縁があるところ。

感情豊かなのにリアクション取るのは下手なところ。

特定の執着する相手を作ってしまうのに、誰かに執着されるとそっけなくなってしまうところ。

好きなものに対しては熱狂的なオタクになるところ。

 

まさに大干ばつの年の夏至生まれって感じで面白くないですか。夏至生まれってだけで十分キャラが強いのにその前に大干ばつの年って付くのが理解できます。

 

さすが同じ日に生まれただけあって似ているなと思うところはたくさんあるのですが、同じ日に生まれた向井さんが関西ジャニーズの中では年長ポジションであることにはいつまで経っても慣れませんでした。

私は会社に入ったばかりのド新人なのに、ステージの向井さんは関西を引っ張る大ベテラン。

関西の現場に入るたび、同じ日に生まれた向井さんはしっかりしているのに自分はだめだめだなと感じたり、関西ジャニーズJr.の年齢層の低さにゾッとしたりしました。

同じ日に生まれた人でも、環境が異なれば立場は変わるということを学べたのは、向井さんのおかげです。

 

向井さんがSnow Manに加入するという発表があった日、私もちょっとした人事異動を受けて笑いました。さすが同じ日に生まれただけありますね。(とはいえ私の人事異動はほんの些細な担当変更ですが)

 

四柱推命の占い師さん曰く、去年今年の2年間はとにかく仕事に打ち込むと今後の人生に大きな影響をもたらすそうですよ。

ananの占いコーナーにはこの時期に新たに来たオファーはぜひ受けるべきと書いてありました。

あと自慢じゃないですが、私とてつもない強運の持ち主なんですよ。

パナソニック創業者の松下幸之助は面接で「あなたは運がいいですか?」って質問してたんだそうですが、これに関しては自信をもってそうだと言い切れます。

運が強すぎて自分が望んだこと以上の出来事に振り回されることも多々あるんです。

でもそれくらいじゃないと運が強いとは言えないと思います。

多分向井さんにとって、今回の出来事もそんな感じだったんじゃないでしょうか。

とてつもない強運の持ち主である私と同じ日に生まれたのだから、きっと向井康二というひともとてつもない強運を持っていると思います。

だからきっと大丈夫です。

 

これだけ強運だって言ってて滝沢歌舞伎には落ちたんですけどね。

せっかくのあなた(と担当の正門さん)の晴れ姿、ぜひとも見てみたかったです。

とはいえ強運なのでまだまだあきらめてはいません。

なのでもしもまた私の強運が発揮されてチケットを手に入れることができたら、同じ日に生まれたあなたを南座の客席で見たいと思います。

 

きっと人生の大きな節目に立ち会っている瞬間で大変だとは思いますが、やっていきましょう。

あなた様に成功していただかないと私が困るので。

いつか一般の方に世間話として「向井康二と生年月日が一緒なんですよー!」と言える日を楽しみにしております。

 

 

1994年6月21日生まれの私より。

 

 

 

 

Kis-My-Ft2のファンクラブに入った話

私にとってKis-My-Ft2は「一番はまらないであろうグループ」でした。

一番フラットにジャニーズにはまる学生時代をお笑い沼に捧げてきましたし、成人してJUMPにはまった頃にはJUMPとキスマイとの交流が完全に無くなっていたので、キスマイにきちんと触れる機会がなかったんです。

ただフォロワーさんの中にはキスマイ担の方がたくさんいて、ライブがめちゃくちゃかっこ良いということは聞いていましたし、舞祭組メンバーを中心にプレバトによく出演しているので、もちろんある程度のことは知っていました。

何よりお笑いの推しがキスマイのコピーグループをやっているので(千賀さん役)、勝手にお世話になっているという感覚があります。

なのでオタクとして一度キスマイのライブDVDを見たいなとは思っていました。

 

そんな時、会社の同期が筋金入りの藤ケ谷担であることがわかり、私はすかさず「ミューコロを見せて!」とお願いしました。

ミューコロにしたのはフォロワーさんがよく名前を出していたからです。

あとキスマイの曲で一番好きなTonightを見てみたかったのです。

同期が快諾してくれたので、せっかくならと思い、デュアルモニタールームを予約。

今思えばデュアルで見たのがその後の運命を決めました。

 

先週の金曜日、同期と鑑賞会がスタート。

かっこ良いオープニングだと予想していたらアニメーションが流れ出して「鳥???」となるものの、マナー注意をしていることに感心する私。

同じキャラクターでもぷぅと方向性が違ってて面白いなと思いました。ぷぅがぶっとんでるだけかもしれませんが。

そんなこんなでライブが始まり、大画面のデュアルモニターに写し出されるキスマイ。

前髪を降ろした千賀さんが格好良すぎる

えっ?あの千賀さんだよね?UTAGEでピアノ弾いてる千賀さんだよね?

今さらだけどキスマイって格好良かったのか!!!と絶叫しまくります。

そうこうしているうちに二曲目がスタート。お目当てのTonightです。

 

私は呼吸を忘れました。

私は喋らないと死ぬタイプの人間で、かつプロレス好きなのでライブ中はガンガン声を出すのですが、そんな私がデュアルモニターで写し出された迫力あるキスマイのパフォーマンスに圧倒され、呼吸すらできなかったのです。

パフォーマンスが終わった直後、私は横にいる同期にこう言いました。

「私、ファンクラブ入るわ……」

 

早くない!?と爆笑する同期を尻目にライブはどんどん進んでいきます。

北山さんはオラオラの時と明るい曲の歌のお兄さんみたいな時のギャップがすごいし、藤ケ谷さんは肌がなまめかしすぎて「山田涼介以外にも毛穴がない人間がいたのか」と思いました。

玉森さんのお茶目な感じにモンペ爆発させかけましたし、横尾さんはVersusのときの着物が格好良すぎてリアル刀剣乱舞でした。

宮田さんがファンを気遣う姿はまさに王子様そのものでしたし、二階堂さんはクールに振る舞うよう強いられた場面が最高でした。千賀さんはとにかくダンスが格好良すぎて、ダンス好きにとってはずっと彼のダンスを見たいと思わされました。

思い返せばキスマイはただきちんと履修してこなかったからはまらなかっただけで、アイドルと特撮とプロレスという「どんな形であれ格好良いものが好き」な私には、ドンピシャのジャンルだったのです。

 

友達と別れ、電車を降りたときにはこんなことになっていました。


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冬のツアーの申し込み時期も終わっていますし、正直いまファンクラブに入る必要はなかったのかもしれません。

でも次の夏のツアーに絶対行きたい。そのためにファンクラブに入ることが必要なら、手数料として会費を払おう。そう思ったのです。

自分でも時折自分の行動についていけませんが、今回の出来事はそれの最たる例でした。

次にファンクラブに入るならえびかNEWSかセクゾだと思っていたのに。キスマイ?

でもせっかくファンクラブに入ったので、これからより楽しみながら日々を過ごしてみようと思います。

とりあえず、まずは明日の10万円でできるかなを見てみることにした初心者オタクなのでした。